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磁性材料・磁気工学入門

 

© 2019 Yutaka Shimada

補足Ⅳ も一度反磁界

 反磁界の取り扱いは、磁気工学の要みたいなものであるにも拘らず、なかなか腑に落ちない問題があるようで、いろいろな事例について理解を深める必要があると思います。すでに第2、3章で反磁界について説明しましたが、まだ腑に落ちない読者のために、ここでは原理的な補足と、いろいろな例を挙げて説明を試みます。第2、3章と重なることも沢山ありますが、気にしないで話をすすめます。

 まずは、第一章の話と同じ出発点です。図 Ⅳ-1は、電気と磁気の違いです。(a)の電荷による電束 D は、プラスの電荷から生じてマイナスの電荷に終わり、その間の空間に電気エネルギーが溜め込まれます。一方、(b)のコイルによって発生する磁束 B は、初めと終わりが無く、広い空間に広がります。図Ⅳ-1では、均一な空間(透磁率μ0)を考えているので、磁界 HB と同じ分布になりますが、この空間に磁気モーメントを持つ強磁性体があっても、B の連続性(はじめと終わりが無い)は保たれて、磁界はそれに合うように分布します。この「それに合うように分布する磁界」を簡単に扱えるように定義された磁界が「反磁界」です。

 図 Ⅳ-1

図 Ⅳ-2は、透磁率 μe の材料についての磁束と磁界の関係です。(a)は、材料のコア(閉じた磁気回路)で、磁束は全てコア内にあり、(b)は磁気回路で見ると、材料内が μe + μ0、材料外はμ0 になります。ここで μe >> μ0 になりますが、磁束の総量は材料内、外部で変わらないので、Hi(内部の磁界)<< H0(外部の磁界)となります。

 図 Ⅳ-2

図Ⅳ—3は、第3章の図3-1-1と同じものです。(a)は、透磁率 μe のコア、(b)は、一部に空気ギャップがあります。

 図 Ⅳ-3

 図の(a)、(b)は、以下の二つの式に対応しています。

 Nxi は起磁力で、各部分での起磁力は、その部分の(磁束の全長)x(磁界)に等しくなります。式(Ⅳ-1)は、閉磁路( Ic )のコア内の磁界( Hi ) のみ、式(Ⅳ−2)は、開磁路の材料( Ic' )内の磁界( Hi )+外部の磁束の全長にかかる磁界( H0 )が関係します。Hi << H0 なので第2項が重くなり、起磁力に対する磁化の変化(磁化曲線)は、図Ⅳ-3(b)のようになります。

 

  つまり、同じ材料でも、閉磁路は材料そのものの透磁率 μe による磁化曲線ですが、開磁路では材料+外部空間の二種類の磁路の足し算になり、外部空間に余計な磁界をかけて、磁束の連続性を保持しています。反磁界は、この外部空間の磁路の磁界を材料内だけの磁界分布で考えようとしたものです。図 Ⅳ−4  は、反磁界を表すモデル図です。

 図 Ⅳ-4

(a)は、巻き線から材料に磁界 Hib を印加していますが、この Hib は、材料を磁化する磁界 Hi に加えて外部空間を磁化する磁界 H0 も必要なので、

この H0 を反磁界 Hd とします。つまり、反磁界 Hd は、材料から外に出る磁束を保持するために必要な外部空間専用の磁界なのです。したがって、材料の磁化を保持するための材料本来の Hi(閉磁路の磁界)は

図で描けば、(b) のようになります。ある形の開磁路材料が磁化すると、それに応じて反磁界 Hd が伴うので、材料を磁化するためには、(Ⅳ−3)式の Hib が必要になる、というわけです。したがって、外部の磁界と磁束を無視して開磁路材料だけを眺めて磁化曲線を考える時には、外部空間が原因のHd  が反対方向にできるから忘れないで……となります。

  ちょっとくどい説明でしたが、次は、この Hd の扱い方です。

 Hd は、外部空間に広がる磁束からくるものだから、本気で考えると面倒な計算になります。磁気工学では、この面倒は逃げて、回転楕円体を利用します。回転楕円の形状の磁性体は、その内部がある方向に均一に磁化すると、外部の磁束分布が理論式で計算できます。つまり、反磁界が理論式で表せて、回転楕円体の長軸、短軸の比に応じて、反磁界係数 Ndを算出できます(参考文献3-3)

Hd は、磁化の強さ I に比例しますから、以下の関係になります。

 回転楕円体に近似できる材料形状であれば、Nd から I に対応する Hd を算出できます。実際には、かなり強引に楕円体近似をやってしまうこともあります。

  さて、第2章では、「強磁性体が磁化したとき、その端部には磁化に比例する磁極ができたと仮定して磁界の計算をしてよい」、と言う話がありました。上記の材料内外の磁界分布も、この磁極モデルが出す磁界で考えることができます。図Ⅳ-5は磁気の入門的な教科書の最初に出てくる磁性材料のモデルで,励磁磁界は忘れて磁化が自然に右方向に揃っている状態を示しています。材料内部には磁極から出る磁界があり、その方向は磁化方向と反対の方向になっています。これが反磁界を説明しています。この磁極間の距離が縮まれば反磁界が強くなり、その方向には磁化しにくくなり、距離が遠くなれば反磁界が減って磁化しやすい、つまり、磁化が向きやすい方向は、磁極の距離が遠い方向になります。おおざっぱに言えば、内部の磁束の長さに対して外部の磁束が長大であれば反磁界が強い、逆であれば弱い、ことに相当します。

図 Ⅳ-5

 磁化が向きやすい方向を容易軸、向きにくい方向を困難軸とすると、材料の形状によって磁気異方性があることになり、これを形状磁気異方性といいます。図 Ⅳ―6 はその例で、矩形の材料の薄い方向は磁化が向きにくく、長い方向は磁化が向きやすくなります。どれくらいの差が出るかは、それぞれの方向の反磁界による磁気エネルギーを計算することになりますが、ここでは、そこまではやりません。 実用的な例は、第4章を参照してください。

図 Ⅳ-6

 図 Ⅳ-7 は、反磁界係数と材料の μe の関係です。まず、実際の材料のB-H曲線を測定し、測定試料の形状をを回転楕円体に近似して反磁界係数 Nd を決める。実際の測定磁界 Hib 、Nd の関係は、

この関係から、曲線の各点で HibHi に変換すると、材料の素材(閉磁路)としての磁化曲線を得ることができます。逆に素材の磁化曲線または透磁率 μe から、実用に切り出した形状の Nd を使ってμeff を予想することもできます。ただし、第3章でも述べたように、この Nd は、材料中の磁化方向が均一であることを仮定していますが、実際には、弱い磁界中では材料内に磁区構造ができるので、Nd は磁化の程度によって変わります。あくまで、粗い近似と考えてください。

図 Ⅳ-7

 次は、電磁石の話です。実際の電磁石の設計方法は、現在は精緻を極めた計算ソフトがあると思いますので、予算を考えて専門家に任せれば事足りますが、ここでは、電磁石の巻き線回数×励磁電流=起磁力に対して、ギャップの磁界はどうなるか、を簡単に知る方法について考えます。電磁石の構造は、図Ⅳ-3のギャップのあるコアと同じですが、電磁石の場合は、ギャップ空間に作る磁界の方に重点があります。

図 Ⅳ-8

図Ⅳ−8(a) は、電磁石のヨーク(例えば Fe 材、長さ lFe )とギャップ(長さ l0 )のそれぞれの磁界 HFeH0 を示しています。(b)では、ヨークが磁化 I を持つ時の反磁界を HdFe としています。この反磁界 HdFe を求めると、ヨークの磁化曲線が描けるわけですが、ヨークの反磁界係数は形状複雑でちょっと不可能。そこで(b)のように考えるとギャップの形状の反磁界係数に置き換えることができます。(b)では、磁化したヨークの端部(ギャップ面)に磁極を想定して、磁界を考えています。ヨークの反磁界 HdFe は、この磁極から出た磁界がヨークを通るのですが、図3-1-2 で説明したように、別のルートの磁界に替えることができます。つまり、ギャップの磁界 H0 でもいいわけで、その関係は、

ヨークの反磁界係数をNdFe , また、ギャップ形状の反磁界係数を Nd0 とすると、

(Ⅳ-7、8、9) から、

ギャップの形状は、通常はほぼ円筒形ですから、Nd0 は楕円近似ができます。これを使って(Ⅳ―11)から NdFe が得られるのでヨーク内の反磁界は、

 図Ⅳ-9は、この「置き換え反磁界係数」を使って、ヨーク素材(Fe)の磁化曲線Aをヨークの磁化曲線Bに替える方法です。この方法で、必要なギャップの断面積と長さ、そこに出したい磁界(=磁束/μ0)が決まれば、必要な N×i (電磁石巻き線の巻き数、線径)が推定できます。この方法は、図Ⅳ−3のギャップ付きコアや、その他の形状の磁気素子にも使えますが、磁気回路全体にわたって、磁束の密度×断面積、すなわち磁束の総量が一定であることが条件で、磁気回路の外へ不均一磁束が漏れ出す場合には誤差になります。

図 Ⅳ-9

 次は、永久磁石の話です。上の電磁石ヨークと違う点は、永久磁石の素材は、非常に強い結晶磁気異方性(第4章)を持っていることです。図Ⅳ-10は、そのモデルです。磁化は、この強い磁気異方性によって、容易軸方向に固定されていますが、非常に強い反対磁界で反転して反対方向に固定されます。つまり、外部磁界でなく内部の磁界(異方性磁界Hk)によって磁化が固定されて外部へ磁束を出しています。

図 Ⅳ-10

 今、この内部磁界 Hk を忘れて、固定された磁束と反磁界だけで考えると図Ⅳ−11(a)になります。巻き線によって外部から加えられる磁界はないので、この磁石は、磁束を出している方向に対して、その反対方向に反磁界があり、その動作点は、図Ⅳ−11(b)のA点になります。つまり、永久磁石は強い結晶磁気異方性が影の力になって、反磁界に耐えて磁束を出しているわけです。

図 Ⅳ-11

以上は永久磁石の簡単な説明ですが、実際の磁石はこのような角型ではなく、図Ⅳ−12(a)のように少しづつ磁化反転します。反磁界 Hd があると磁化 I が低下し、Hd とバランスする点Aに落ち着きます。(b)は、縦軸に(a)の減磁曲線から計算した I × Hd をプロットし、その最大値 Im × Hdm を求めています。以下の関係から、この時の反磁界係数Ndmが計算できます。

Ndm μ0Hdm / Im

この Ndm に楕円近似を適用すると、最大値を実現する磁石の形状(S/L、S:断面積、L:長さ)がわかります。

図 Ⅳ-12

 この時以下の関係から、(a)の曲線を持つ素材から切り出した磁石が外部に作る磁気エネルギーの最大値がわかります。

(Im×Hdm)・ S ・ L = Im・ S ・(Hdm・L) = Φm・ (Hdm・L)

= 磁石の総磁束量(Φ)× 磁石外部の起磁力

これは、第3章図3-1-3、 図Ⅳー8で説明したように、内部の反磁界( Hd )×長さ(L)= 外部の起磁力になるからです。外部の起磁力にΦを掛けると、外部空間の総磁気エネルギーになるわけです。ですから、(b)のピークにあたる最適な反磁界係数をもつ形状を設計すれば、外部空間に最も強い磁気エネルギ-を出す、つまり磁石素材を最大限に利用できることになります。

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